秩父霊場を歩く|第3番 岩本山 常泉寺

観音堂の向拝下に刻まれた鳳凰の彫刻。ダイナミックな表現が見ごとだ。

第2番 真福寺の御朱印をいただいた光明寺からは歩いて15分ほどの距離にある第3番 常泉寺。この常泉寺も一時期、無住と寺となり、光明寺で御朱印をいただく形をとっていたという。光明寺の末寺ということもあり、強い繋がりを感じる。

交通量の多い県道11号線を横切り、しばらく進むと木々が茂っている場所がある。橋が架かっているので渡ると、思いの外、深い谷になっている。横瀬川だ。横瀬川は武甲山や伊豆ヶ岳など、秩父東部の高い山々を源流に持ち、横瀬の町を流れ、黒谷で合流する。この先、第10番札所まで、この横瀬川沿いを歩くことになる。

山田橋から見下ろす横瀬川。ちょっとした渓谷を思わせる眺めが楽しめる。

道しるべに従って進むと、田畑が広がる先、山を背負うように建つ第3番 常泉寺が見えてくる。東大寺を建立した行基(668〜749)によって創建されたという話もあるが、元々は矢追集落にあった古堂を室町時代に再興し、常泉寺と号したことに始まるようだ。後年、矢追集落から現在の場所に移された際に、少し北にある矢行地の岩本観音堂もこの地に移り、現在のような観音堂のある常泉寺になったと思われる。

木々が繁る山を背負い、田畑に囲まれた常泉寺の全景。

本堂は瓦葺きの寄棟造りで、江戸後期、弘化4年(1847)の大火で消失し、安政5年(1858)に再建されたもの。本尊は江戸時代に作られた薬師如来。本堂のぬれ縁には「子持石(子宝石)」があり、「信心して祈れば善男子を授かる」と「観音霊験記 秩父順礼」の常泉寺の項にも書いてある。また、この浮世絵には、眼病によく効く「不睡石」、難病にも効く井戸水「長命水」についても記述されている。境内の古井戸が長命水だと思われるが、現在は飲むことはできない。また、不睡石は裏山にあったようだが、どこにあるのか定かではない。

本堂横には小さな蓮池があり、周囲には石仏が安置されている。奥に見えるのは観音堂。

様々な御利益があるという常泉寺だが、最近では花の名所としても知られているようだ。初夏にはアジサイとハスが咲き、夏は芙蓉、初秋はヒガンバナ。訪れたときにはヒガンバナはすべて散っていた。あと10日ほど早く訪れていれば、道々でヒガンバナを愛でることができたのに、と残念に思った。

観音堂の本尊は室町期に作られた聖観世音立像。建物は秩父神社内にあった薬師堂を移築したもの。

境内の南側、石段を上がると観音堂が建つ。本尊は室町時代のものと思われる一本造りの聖観世音立像。矢行地集落にあった岩本観音堂にあった仏像で、弘化の大火の折に一部が焦げてしまっているそうだ。我々が目にすることのできる前立本尊は雲光紋のある舟形向背を背負う聖観世音菩薩像で、金箔押しの部分と黒漆塗りの衣と宝冠のコントラストが美しい。

観音堂の建物は、明治3年(1870)に秩父神社から移築されたもの。明治の廃仏毀釈に伴い、秩父神社内にあった薬師堂の処分が求められた。この薬師堂を解体し、常泉寺の境内に移すことで難を逃れた。三間(約5.4m)四方の小さいお堂だが、唐破風様流れの向拝を持つ銅板葺きの屋根はそりが美しい。秩父の名匠、藤田徳左衛門吉久の造営と伝えられている。また、軒には見ごとな彫刻が施されており、中でも海老虹梁(海老のように湾曲した梁)の龍の籠彫(立体的な透かし彫り)は見ごと。熊谷宿玉井の名工、飯田和泉の手になるものだ。

向拝下には、海老形に曲がりくねった形をした龍の透かし彫りが施されている。

奉納された浮世絵「観音霊験記 秩父順礼」の模写は、観音堂に掲げられている。行基の作云々は眉唾だが、抱くと健康な子どもが授かるという子持石は今も常泉寺に伝わっている。また、万病に効くという長命水が得られるとされる古井戸も残されている。寺の縁起によると、この寺の住職が重い病で苦しんでいると、夢枕に現れた観世音菩薩が「当寺には万病に効く泉水がある。これを服せよ」と告げた。お告げに従って庭の泉水を飲んだところ、病がたちまち治ったとのことで、庭の泉水は「長命水」と呼ばれるようになり、常泉寺の名の元になったと思われる。

「観音霊験記 秩父順礼」の模写には、常泉寺の縁起が描かれている。

「観音霊験記 秩父順礼」の常泉寺の項でよく分からないのが、画面中央を川が横切っているところ。これは近くを流れる横瀬川を描いたものだろうか。確かにこのあたりでは、渓流のように谷底を流れており、流れも速い。右手前の女性は岩に腰掛けているが、これを「不睡石」とするのは無理があるだろうか。ただ、左で背を見せる男性が子どもを負ぶっている様子は、抱くことで子宝に恵まれるという「子持石」を指しているような気がする。

寺の縁起には、突拍子もないことやあり得ない話が語られていることもあるが、歴史、地名や周囲の地形を丁寧に辿ってみると、欠けているパズルのピースがパッと頭に浮かんでくることがある。この想像が正しいかどうか、確かめる材料が足りないことが常だが、連想ゲームのようで楽しいのは確か。これも神社仏閣を巡る面白さのひとつだと思っている。

➡秩父霊場を歩く|第4番 高谷山 金昌寺 に続く